【NY発テック最前線】僕がニューヨークで得た教訓 – 叱られてもやろう!イノベーションを起こす仕事に遠慮は無用 –

「怖いけど叱られるまでやれ」仕事に遠慮は無用。 特に、イノベーションを伴う仕事・プロジェクトの場合は気をくれしたり遠慮してはいけない。事前に上司に許可を求めても、どうせNoと言われるか、丸ごとアイディアを潰されるだけだ。でも本当にそれがすごいアイディアで本気でいいと思ったら、叱られるまでトコトンやってみよう。仕事に遠慮はいらない。上司とて同じプロ同士なのだ。

それに、「あれはすごいアイディアだったけど、当時の上司がダメっていったからやらなかった」場合と「すごいアイディアだったからやってみた、失敗して後で上司にこっぴどく叱られた」という場合では同じように見えても大違い。後者の場合たいてい叱られないでトライしたことを称賛される。

コロンビア大学大学院工学研究科の博士課程に在籍していたとき似たような経験がある。博士論文のプロポーザル・ディフェンスという試験をパスした後、数値計算モデルは完成したが実験データを取るのに苦労していた。実験手段がなかったからだ。いろいろ試したけれどうまくいかず、指導教授が僕を批判し始めた。退学の危機だ。

ただ僕は解決する斬新なアイディアがあり、それはエンジニアとしても研究者として間違ってはいないと信じてたので、退学覚悟で指導教授に言わず地下にある誰も使っていない実験室の隅の物置部屋にこもってその実験装置を一人で作った。もちろん部品の費用は全部僕が払い完成後も必死にデータを取った。

すると驚いたことに、今まで誰も見向きもしなかったのに少しづつ周りに変化が現れた。陰口をたたき、冷たい視線を送っていた同僚の博士課程の学生が、徐々に応援してくれて、フィードバックをもらうようになった。また、隣の研究室の教授も噂を聞きつけて僕にアドバイスをくれるようになった。最終的に指導教授の前で成果を発表したときには彼は驚きの表情で成果を聞いてくれた。その後、博士論文はうまく仕上がったし、 米国機械工学学会(ASME)でアワードを取ることができた。 そして僕の博士論文の出来を聞きつけて、ミュンヘンからはるばるニューヨークへ駆けつけてきたドイツのプラント会社の社長から研究開発職をオファーされた。 ギリシャ出身の 僕の指導教授は僕の前では決して褒めることはなかったのだが、後日彼の奥さんによると「あの会社から職をオファーされたなんて信じられん」と驚いていたらしい。

しかし最初は指導教授が否定的だったという理由で、新しいアイディアを試さなかった。このことで結局1‐2年無駄にした感がある。二度とこの失敗は繰り返さないために僕は、自分が本当にいいと思ったことは叱られてもやろう、仕事に遠慮は無用、行動のみ、と心に誓った。

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あなたが他界するとき、辞世の言葉が「すごいプロジェクトをやりたかったけど上司がダメって言ったからできなかった」だったら悲しい。ありえないですよね。

「あのプロジェクトは今でも思い出すたびに興奮する。あれは誇り。」といえるイノベーティブな仕事をしたいものです。

読んでくれてありがとうございます。Dr. マサト・ナカムラ

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